第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
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少し、動けそうだ。
ここに来てずっとベッドの上で過ごしていたが、身体を起こした時の痛みはだいぶ引いた。
横になっていても、気持ちが落ち着かなくて奈緒はベッドから降り、少し足を引きずりながら部屋の外に出るドアに向かった。
奈緒がドアノブに手を伸ばした時に、ちょうど良くドアノブが動き扉が開いた。
奈緒が顔を見上げると、袈裟姿の夏油が部屋に入る所だった。
「あ…夏油さん……」
少し驚いて奈緒が夏油を見上げると、夏油は眉をひそめて奈緒を見下ろした。
「…君は本当に先輩の言う事を聞かないな」
「え?」
まるで何度も嗜めた事のある話し方で、夏油はため息を吐きながら言った。
そして奈緒を両手で抱き上げると、そのままベッドに向かって歩いて行く。
「うわっっ夏油さんっ!」
一方奈緒は、急に横抱きに抱き上げられて、情けない声を出して夏油の着物の裾を慌てて握った。
せっかく頑張ってドアまで向かったのに、簡単にベッドの上に再び寝かされる。
急に男の人に抱き上げられた事に、奈緒の心臓は跳ね上がっている様だ。
赤くした顔を手で覆っている奈緒に、夏油は柔らかい物腰で声をかけた。
「…せめて呪力が戻るまでは、ベッドで過ごすといい…ここには硝子の様に反転術式が使える者が居ないから、呪霊から受けた呪いは自分で治すしかない」
そう言って、大切に奈緒の体を寝かせた腕はすぐに離れた。
何だろう……。
私はこんな風に声を掛けてくるこの人を、知っていると思った。
全然記憶は思い出せないのに、こんな風に自分に接して声を掛ける夏油を懐かしいと思った。
そして同時に、胸が痛いくらいに締め付けられて、切なく…やるせない気持ちが溢れてきた。
「退屈なら、菜々子と美々子をこの部屋に来させるから」
そう言って夏油は奈緒のベッドから離れようとした。