第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
おイしいイィ、オいシイぃぃ―……
唸るような低い声がすぐ背後から聞こえ、直後に強い力で押さえつけられる。
「ぐっ……!」
鋭い爪が肩と腕に食い込み、赤が滲む。
痛みに歯を食いしばりながら顔を上げると、6つの目全てがこちらを凝視し、新たな獲物に歓喜していた。
“喰われる”
死を間近に感じ、最初に込み上げてきたのは呪術界を離れた同輩への謝罪だった。
ごめん、七海、
私まで君を置いて逝く。
……でも、あるいはこれで良かったのかも……
七海の知らない所で死ぬなら、君を失意に堕とすこともないのだから。
あとは先輩達にも謝らないと、
五条先輩、硝子先輩、先に逝きます。
夏油先輩は……どうしているんだろ。
離反は今でも信じられないけど、どこかで生きているのかな。
たった2年足らずの思い出しかないが、いつも優しく、そして呪術師に必要なことを適切に教えてくれた。
皆に慕われている先輩だった。
それなのに、どうして……
呪霊の細長い舌がねっとりと頬を這う。
その瞬間、奈緒の意識が白く砕けた。
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記録
2014年10月
神奈川県某所
任務概要
意識障害の町民が多数。
内、十数名が行方不明となっており、その原因と思われる呪霊の祓除
・担当者(二級術師 久織 奈緒)を派遣するも、消息不明となる。同行した補助監督と避難が遅れた町民も同じく消息不明。
・現場に残された多数の血痕と残穢から呪霊による捕食と推定。遺体は発見できず死亡として扱う。
・周辺捜索の結果、呪霊は既に移動していたため一旦任務を打ち切り、再度同様の被害が出た場合は一級案件とする。