第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
……ああ、本当についてない、
まさかあんな呪霊が潜んでいたなんて。
奈緒はズキズキと痛む足首を押さえて息を吐く。
建物の陰から様子を窺うと大型の呪霊がその鋭い爪で掴んだ補助監督を丸呑みにしていた。
歪に生えた8足歩行の巨大なアリクイのような形状の呪霊。
本来のアリクイとは違い、細長い口は奥まで裂けており、歯のないその口で人間を丸呑み、そしてギョロリと飛び出した大きな6つの目が別々の方向を向いており、ここからわずかでも身を乗り出せば見つかってしまう。
見つかれば一巻の終わりだ。
補助監督もそうだが、この町の人々も呪霊の口が触れた途端に抵抗を止め、おとなしく捕まってしまった。
ほぼ間違いなく何か術式を使っている。
つまり、あの呪霊は準一級以上。
なんで二級の私がアレの相手なのよ。
そもそも私の術式は戦闘向きの術式じゃないってのに。
思わず悪態が出てくるが、この業界の人手不足を考えるとそれも仕方ない。
諦めて肩を落とす。
こんな状況、前にもあったな……
まだ学生だった頃、同期3人での任務。
せいぜい二級程度と思われていた呪霊が蓋を開けてみれば一級で、それも一級呪霊の中でもかなり強力な部類だった。
当然、当時の自分達で祓えるはずもなく、攻撃を凌ぐことすらできず一方的に痛めつけられ、特級術師の先輩が駆けつけてくれた時には既に1人が死んでいた。
私まで君みたいに死ぬのかな、灰原……
……いや、『君みたいに』は違うか。
あの時、君は文字通り命懸けで先輩が来るまでの時間を稼いで私達を助けてくれた。
それに比べて私は何もできない。
生存者は自分だけで呪霊に見つかるのも時間の問題。
外部に救援を求めようにも携帯は呪霊の攻撃を避けた時に壊れてしまったし、乗ってきた車も遠く、この足の怪我じゃたどり着く前に呪霊に捕まる。
……終わったな。