第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
その後も豆腐屋や酒屋、米屋に桶屋、果てには植木屋まで、町中の全員と知り合いなのではと疑う程、奈緒はいろいろな人から声を掛けられる。
笑顔で受け答えする彼女とは対照的に無一郎の表情は曇っていくばかりだった。
これが奈緒と知り合う前、あるいは知り合った直後であれば特に何も感じていなかったであろうことを無一郎は知らない。
買い物が一通り終わり、帰ろうかというところで、またも奈緒に声が掛けられた。
「あら、昨日甘露寺様と一緒だった子よね、寄っていかない?小豆が良い具合に炊けてね、今日のあんこは絶品よ」
奈緒が昨日蜜璃と入った甘味処の女将だ。
店が空く時間帯だからか、昨日の給仕の女子ではなく女将自ら表に出ている。
『今日のあんこは絶品』という言葉に奈緒は目を輝かせるが、すぐにきゅっと目をつぶると緩んだ顔を元に戻すかのように両頬を叩く。
「い、いえ、今は重要な任務中なので……!」
大真面目にそう述べた奈緒に無一郎は首を傾げた。
重要な任務って何だろう?
何も命じてないはずだけど……
全く心当たりのない任務より彼女の笑顔を見たいと思い、無一郎は奈緒に提案した。
「寄っていけばいいんじゃない?」
「えっ、いいんですか!?」
目をぱちくりさせて驚く彼女に頷く。
「僕も小腹空いたし」
目敏い女将はそんな小さな会話も見逃さない。
「お友達も一緒なのね?お団子おまけしてあげるわ」
またも無一郎の眉間に皺が寄る。
“友達”じゃない。
奈緒は僕の専属隠。
ムッとする無一郎だったが、出てきたおはぎを美味しそうに頬張る奈緒の顔を見て一気に毒気を抜かれた。