第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
無一郎の胸のモヤモヤはこれだけでは終わらない。
それどころかよりいっそう深くなる事態が続く。
「奈緒ちゃん!今日はいい大根が入ってるよ!」
「わぁ、本当!じゃあこの大根と人参もください」
「はいよ、毎度あり!」
釣り銭を渡す店主の手が奈緒の手に触れるのを見て無一郎の眉間にわずかに皺が寄る。
おじさん、近すぎ。
もっと奈緒から離れて。
これ以上八百屋の店主が奈緒に近づかないよう買った大根と人参は無一郎が受け取った。
ただし、これでひと安心という訳にもいかず……
「あ、奈緒姉ちゃん!この前はありがとな!」
今度は自分達より少し年下の少年に声を掛けられる。
奈緒はその少年とも面識があるようで、笑顔で手を振り返した。
「四郎くん、あれからお祖母さんの具合はどう?」
「もうすっかり良くなったよ。ばあちゃん、ちゃんとお礼がしたいって」
「そうなの?お構いなくでいいんだよ?」
「そんな訳にはいかねーよ、今度店に遊びに来て!ばあちゃんも奈緒姉ちゃんの顔見たいって言ってたし」
「それじゃあまた今度お邪魔させてもらうね」
「約束なー!!」
元気に走り去っていく少年を見送った後、奈緒に短く尋ねる。
「誰?」
「乾物屋さんの息子さんの四郎くんです。ひと月くらい前に町中でお祖母さんがぎっくり腰になって動けなくなってしまって、お店までおぶっていったんです」
隠をしている奈緒は負傷した隊士を運ぶことも多かったため、お年寄りを運ぶのも朝飯前だった。
ほんの少しの人助けのつもりだったが、それをいたく感謝され、店に買い物に行くたびに昆布茶をご馳走になっており、孫の四郎とも仲良くなったという。
妙に面白くなくて、無一郎は自分で聞いておきながら、最後の方は「ふーん」と聞き流していた。