第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
『叩いたり蹴ったりしたぐらいじゃ割れなさそうだな』
無一郎は、手や足で自分を包んでいる空間の強度を確かめていた。
鬼の発言通り、閉じ込められた数秒間で少しずつ透明な壁が彼を押し潰そうと迫って来ている。
『さっきは割れた。大丈夫、僕の呼吸はこの術を破れるはずだ…落ち着け』
深く長い呼吸が無一郎の口から静かに吐き出され ———
「壱ノ型・垂天遠霞(すいてんとおがすみ)」
霞柱は自分と真っ直ぐになるよう、頭上に向かって日輪刀を突く。
その直後 —— パリンと先程と同じように硝子が割れる音が辺りに響き、閉じ込められた空間から無一郎は脱出した。
「へえ、出れたんだ。ガキなのにやっぱり柱なんだな」
「残念だったね。僕の呼吸、君の術と相性が良いみたいだよ」
「はあ? たまたまだろ。血鬼術 ———」
『次で斬る!!』
「空間湾曲」
「肆ノ型」
踏み込んだ無一郎の目の前の景色がぐにゃりと歪むが ——
「移流斬り」
「グ…ア…」
曲がった空間を刃によって鋭く一閃したのち、鬼の足元に滑り込むような動きをした霞柱。
放たれた術と共に、夕霧の脇腹から肩口までを斬り上げ、返す刀で悪鬼の頸も切断したのだ。
ゴトッと鈍い音が聞こえたと同時に、無一郎は刀についた血飛沫を振り払い、流れるような所作で鞘へと納刀した。
ふう、と息をついた彼は頸だけになった鬼の元へと近づいていく。
「君はその手で彼女の大事な人を二人も奪った。くだらない私利私欲の為に。本当に虫唾が走るね」
「だから…どうだってん…だよ」
鬼の鼻から上の部分は砂塵になっており、スッと通った形の良い鼻までも、空気に混ざって消え始めていく。
「ざまあみろ。それだけ」
「く、そ…」
完全に灰になった夕霧は、その存在を静かに消失させた。しゃがんで様子を見ていた無一郎は、次にぺたんと座り込んでいる奈緒の元へと近づいた。
「どこか怪我は?」
「ううん、大丈夫…腰は…この通り抜けちゃったけど…無一郎さんは?」
「僕は全然。しいて言えば、さっきの術から抜け出す時にここを切ったぐらい」
左手の甲を見せながら平気な素振りをする無一郎。奈緒はそんな彼を見て、心底安堵している。