第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
「よろしく、夕霧です…って、いってェ…」
霞柱に差し出した右手が宙を舞いながら、地面に落下した。
「君の名前なんて聞いてないよ」
「冷たいなあ、名前ぐらい教えてくれたって良いじゃん」
「時間の無駄、奈緒を返して」
「うわぁ、全然俺の話聞いてくんない。落ち込むー」
夕霧と名乗った鬼は、斬られた肘の断面部を大袈裟に撫でながら体を再生させた。無一郎は夕霧に構う事なく、刀の切先を鬼に向けたままだ。
「この女、一年前に俺が殺した人間の身内なんだって。それだけでも興奮するんだけどさ」
「何が言いたいの?」
奈緒の母の血は今まで喰って来た人間の中で三本の指に入るぐらいの美味さだった。それ故に血縁者である彼女の血もきっと美味いはず。
「そいつを殺せば、下弦の壱に血戦を申し込めるんだ。下剋上ってやつだよ。壱の鬼も俺と同じ【夕】って字が付いてて、気分良くないわけ。おまけにあのお方に気に入られてる」
「…だから何?」
「わかんねぇ? あんた、劣等感とか持った事ないんだろ。 そう言う奴らが俺は腹がたって仕方ないんだよ」
「ふうん、よく話すね。君…弱い犬程ってヤツ?」
「……!」
夕霧は掌を無一郎の方に向け、グッと押し出した。するとその押された空間は、丁度人間一人が入れる形になり ———
「血鬼術 —— 空間転置・閉(くうかんてんち・へい)」
「……何これ」
「無一郎さん!!」
霞柱は鬼が作り出した空間に全身を包まれてしまった。
「ん? 俺の血鬼術。空間を自在に操れるんだよね。因みにこの女にかけたのは…」
夕霧は右人差し指で上空を指した。奈緒が視線をやると、空は水色である。
「明るいよな。でも本当はこんな感じ」
「空が……橙色??」
「そ、あんたの時間感覚を狂わせる為に施した。まんまとかかってくれて、助かったよ。因みに空間遡行(くうかんそこう)って言うんだ」
凄いでしょ? と腕を組んだ鬼は愉快そうに笑い出した。
「柱のあいつさ、今閉じ込められてるじゃん。あの術って時間が経つにつれて空間が狭くなるんだよね」
「そんな……!」
「あんたの目の前で、あいつはペシャンコってわけ。良い筋書きだろ? ざまあみろ」