第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
「はいよ、毎度あり! でも嬢ちゃん持てるか?」
「ありがとうございます。重たい物を持つのは慣れているので…平気ですよ」
午後三時。
奈緒は八百屋の店主に言われた通り、円山町まで足を伸ばしていた。
人が多く集まるこの場所とは言え、冬至のこの時期は風邪をひかぬように。自宅で湯治(とうじ)をしたい目的で、柚子を求めて人々はやって来る。
「良かったです。買えなかったら明日また出直さないといけなかったので」
「そりゃ難儀な話だなあ。気をつけて帰れよ!家まで一時間ぐらいかかんだろ?」
「はい、だから急いで帰らなきゃ」
両手に柚子が溢れそうな程入った風呂敷を、掲げた奈緒。彼女は店主に何度も礼を言い、店を立ち去った。
『おかしい…もうここを抜けても良いはずなのに』
——— 行きは五分もかからなかったのに。
奈緒はそんな事を考えながら、霞屋敷までの道のりを小走りで進んでいた。
彼女が今いるのは、円山町へ行く際に必ず通る一本道だ。
但し、周囲は広範囲に渡って木々が密集している森である。
ここに入って十分程過ぎたあたりから、奈緒は奇妙な感覚に囚われていた。
頭上を見てみればまだ空は明るい。しかし、本能が異変を察知しているのだ。彼女は隊士にはなれなかったが、育手の元で一定期間訓練を受けている。
故に異変を感じる感覚は常人より持ち合わせていた。速く走れるのも修行をした賜物だ。
「やっぱりおかしい。どうしてここを出れないの?」
先程からの疑念がとうとう口から出た。すると ———
「あんたが俺の術にかかったからだよ」
「えっ……」
後方から若い男の声がした。
奈緒はビクッとしながら、ゆっくりと体をそちらに向ける。
「飛んで火に入る夏の虫…じゃなくて、冬の甘味ってか」
薄紫色の短髪に灰色の着流しを着た男が、少し離れた場所に立っていた。男は口元に付着した血を手の甲で拭うと、ニヤリと笑う。
開いた口元からチラッと見えるのは尖った牙で、手には膝下から千切れた人間の足を持っていた。