第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
無一郎が腕に負った傷を手当てする為、二人は庭から居間に移動して来た。
「よろしいですか?」
「うん」
稽古着の袖をまくり、負傷箇所を露わにした無一郎は、迷わず左腕を奈緒に差し出した。
『手合わせで木刀が壊れたり、ヒビが入るのは聞いた事があったけど…自主稽古で壊れるって…』
屋内に入る前、傷口は井戸の水で洗ったので、血はもう流れていない。どうやら折れた木刀のかけらで切ったとの事だった。
「無一郎様、もう少しご自分の体を大事にして下さい。人々を守る為ならまだしも、自主稽古で毎回このような怪我をされてしまうと…私は肝が冷えます」
「どうして奈緒がそんな事気にするの?」
心底分からない。首を傾げながら奈緒を見る霞柱は、真剣である。ふうと浅い息をついた彼女は小さな決意をし、無一郎に伝え始めた。
「私はこの屋敷専用の隠。主を気にかけるのは当然です。無一郎様は無事に帰宅されるのか、湯浴みの際の湯加減はどうか、それから食事は口に合っているのか…」
「美味しいよ、君のごはん」
「えっ…」
両手に持っていた包帯を思わず落としそうになる奈緒だ。
『美味しい? 今美味しいって言った?』
「だって僕、残した事ないでしょ」
「言われてみればそうですけど、何もおっしゃってくれないから…」
「何か言わなきゃいけないの?」
「いえ、強制ではない、ですけど」
【美味しい】—— たった四文字の言葉だが、食べた者が作った者に伝えると、心にぽっとあたたかな光が灯る。奈緒は無一郎に伝えながら、両親との食事風景を思い出していた。
「ふーん、そうなんだ。僕料理出来ないからよくわかんないや。包丁ってどう使うの?」
「無一郎様、剣の扱いはあんなにお上手なのに…」
「剣術と料理って全然違うと思うんだけど」
二人を包む空気はほんの数分前までやや殺伐としていたが、今は違う。
「刃物と言う点は同じですよ」
「確かにそうだけど、使用する目的が違うよ」