第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
誰かが言った。
無一郎は自分に無頓着だと。
誰かが言った。
彼は記憶障害で苦しんでいると。
誰か言った。
そんな無一郎に奈緒が必要なのだと。
奈緒は無一郎の着物の袖をぎゅっと握って、無一郎を見上げた。
無一郎の無表情の目線は、もう気にならなかった。
「あなたは柱様です!あなたの命はあなただけのモノじゃありません!あなたが傷付けば!困る人がたくさん居ます!…心配する人が……!」
奈緒はそれだけ言うと、無一郎の腕に頭を下げた。
奈緒の腕を払わずに、無一郎は奈緒の言葉の続きを待った。
「…心配する人が…私だけだとお思いですか?」
無一郎の腕を掴む奈緒の手が震えている。
それだけで、この手を払う理由は無かった。
「……私が無一郎様の傷の心配をするのが、そんなに疎ましいでしょうか?」
フルフルと体を震わせて、今にも泣きそうな奈緒の顔に。
無一郎はハッと我に返った。
「奈緒…要らないと言ったのは…」
本当にたいした事ないと思っていたからだ。
奈緒が心配する様な傷では無いと、伝えたつもりだった。
無一郎はあらためて自分の体を見た。
鬼にも傷付けられた事の無い体が、血を流している。
「…………」
この姿を見て、奈緒が手当をしたいと思うのは当たり前だった。
ぎゅっと離さない奈緒の手を見て、無一郎は小さくため息を吐いた。
「……奈緒…傷はたいした事無いんだ」
そんな筈は無い。
流れている血がそれを物語っている。
「いいえ、私にお見せくださいませ」
ぎゅっと目を顰めて、奈緒は無一郎に言った。
そんな奈緒に、無一郎は折れて奈緒に従った。