第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
玄関から客間に移動した二人は、座卓を挟んで向かい合っている。
途中だった朝食作りは「後で私もお手伝いするから、今は話がしたい」と珍しくしのぶが押し切った為、中断していた。
「記憶障害ですか…」
「そうなのですよ、鬼に襲われた際に双子のお兄さんが目の前で亡くなったようです。本部で目覚めた時、もう今の状態になっていたんだとか」
無我夢中で無一郎が家にある木槌や斧を使い、鬼の体を薪で地面に縫い止めた。そして朝になり、ようやく塵と化して死んだ。
奈緒は霞柱の過去を聞き、手で口を塞いだ。つい先程涙はおさまったばかりだが、またじわっと両の目尻から浮かんだ。
二人の目の前には湯気がゆらゆらと漂う湯呑みが置かれており、蟲柱がその中に入っている緑茶を一口飲む。
「その際、お館様から時透くんの経過をみて欲しいと頼まれまして。任務や所用で近くを通るとこちらに来るようにしているんです。蝶屋敷に来て頂くのが一番助かるのですが…」
無一郎はなかなか来ないのだ。
しのぶはふう、と小さな口から深いため息をついた。
「柱は私含め皆さん多忙ですが、健康診断も兼ねて半年に一度は蝶屋敷に来て頂くようお願いしているのです」
「霞柱様以外の方はみなさん蝶屋敷に行かれているのですね…」
「そうです。時透くん以外は全員いらしてくれます」
にっこりと綺麗な笑顔を見せているしのぶだが、奈緒は察していた。蟲柱の機嫌はあまり良くなさそうだと。
【時透くん以外】の部分にやや棘があるように感じた為だ。
「とまあ、そう言った理由もあって彼と接するのはなかなか大変だと思いましてね」
「そう、だったのですね」
実際奈緒の心はあと少しで壊れそうになっていた。
「鬼に襲われる前の時透くんは穏やかで、楽観的な子だったようです。本来はそんな気質なのではないでしょうか。今はク…申し訳ありません。何でもないです」
「……」
【クソガキ】
しのぶが放とうとした言葉はこれである。