第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
しのぶの言葉の意味が分からなかったが、奈緒は屋敷の中にしのぶを招き入れた。
開けっぱなしだった土間への扉を潜ると、しのぶは何かに気が付いた様に足を止めた。
「あら、これから食事の支度でしたか?」
釜に火を焚べようとしていたのがすぐに見て取れて分かった。
「……霞柱様が今朝方お戻りになられたので…」
奈緒は胸がドクンと鳴って、目を伏せた。
用意が遅いと言う事だろうか。
今から食事の準備じゃ、昼から来る継子を迎える準備に影響があるかもしれない。
ドクンドクンと鳴る心臓の音が、鼓膜に響いた。
自分の息が耳の中で反響して、目の前が薄暗くなった時に。
藤の花の香りがした。
「久織さん」
しのぶの袖から香るその匂いが間近にあり、顔を上げると、しのぶが奈緒の顔を覗き込みながら頭を撫でていた。
「大丈夫ですよ久織さん、ゆっくり息をしましょう」
そう微笑みながら言った、しのぶの表情を知っている。
鬼に全てを奪われ、すぐに運ばれた【蝶屋敷】で、記憶の逆行に苦しむ奈緒に、しのぶは同じ様に、こうして頭を撫でてくれた。
そして奈緒は、しのぶの笑顔と優しい手に安心して……。
同じ様に涙を流した。
「あらあら…」
「……蟲……柱様……」
しのぶの名前を呼んだら、もう涙は止まらなかった。
大きな瞳に涙をいっぱい溜めては、ポロポロと次々落ちていく。
気が付けば奈緒は、しのぶに抱き付いて声を出して泣いていた。
それでも無一郎を気遣ってか、精一杯声を殺して我慢しようとする奈緒を見て、しのぶは呟いた。
「本当に…丁度良かった…」
しのぶは泣き続ける奈緒を抱きしめながら、泣き止むまでずっと、頭を撫でていた。