第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
無一郎が出掛けたら休める訳では無い。
むしろやる事は増えるのだ。
鎹鴉がいつ、無一郎の知らせを伝えてくるか分からない。
その伝達に合わせて、帰って来る無一郎を迎えるまでひと時の安らぎも無い。
戻って来た無一郎が、何を一番に望むのか。
きっと汚れて帰って来るから湯浴みの準備はしておこう…。
お召し物はどれを好んで着るのか分からないから、数枚用意しておこう…。
先に寝間に向かわれるだろうか…。
それとも先にお食事を召し上がるのだろうか…。
もし…万が一お怪我が酷かったら、買い足しておいた薬や包帯は足りるだろうか…。
分からない…。
無一郎が何も言わないから。
だから無一郎を迎える用意だけで、全神経を集中させる。
『カァー、時透無一郎!任務終了!』
うたた寝をしていた奈緒がバッと起き上がった。
鎹鴉は何度か同じ言葉を繰り返しながら奈緒の頭上を飛び回ると、そのまま再び空に帰って行った。
外はまだ薄暗く黒い姿はすぐに空に溶け込んでいく。
(…良かった……今回もご無事だった……)
ほんの一瞬の安堵の気持ちを切り替えて、奈緒は無一郎を迎える準備に屋敷を走り回る。
しばらくして無一郎が帰って来て、奈緒は彼を迎えた。
鬼狩りの後の無一郎の表情はいつも胸を締め付けられる。
元々虹彩がハッキリとしていない綺麗な目は、更に無一郎の表情を無機質に思わせる。
そして普段から表情を見せないその瞳でさえ、憎悪が色濃く映っている。