第9章 不思議な体験
そこにいる人が普通の人間ではないということはすぐには分かった。真っ白な肌、赤く目立つアイシャドウはただの化粧が濃いだけだと思わせるかと思いきや、その長い指先の爪は鋭利に尖っていて、それでいて引きずっている着物すら汚れも傷みもない様に不潔さは一切感じられなかった。
「あの……」
ようやく出た声。つい見とれて言葉を発することも忘れていた私だったが、目の前の女性は気にするなと言うかのように微笑んで、どこかを指した。
「目的の物は向こうじゃ」
私が指された方を見ると、販売所と筆で書かれた窓口があった。私はそこで、白蛇さんに勾玉を買ってこいと言われていたことを思い出す。
「ありがとうございます……」
とお礼を言って振り返った時には、すでに女性はいなく、足元の枯葉だけが風で転がった。やはりあの方は人間ではなかった。幽霊よりももっとずっと、神秘的な何かの……。
とにかく今は考えるのはやめて販売所へ向かった。
販売所窓口は白いカーテンがかかっていて、人の気配はなかった。ただカウンターの上に、お守りや御札が並んでいて、その中心に真っ白な勾玉がいくつも整列していて私は目が奪われた。
これだ、と私は思った。だが、どこを見てもその勾玉の値段が書いていなかった。見れば他のお守りや御札にも値段の表記がない。
「あの、買いたいんですが……」
私は声を掛けながら窓を軽くノックしてみた。静かな境内なので、少しの音さえよく響く。
と、少し待っていると窓がひとりでに開いたように見えた。それをよく見ない内に黒っぽい節くれだった指がカーテンの隙間から出てきて勾玉を手に取った。
それから私に一言も言わずに勾玉をこちらに差し出した。でも、お金は……と言いかけた時、受け付けの人の手がカウンターにある私の拳を指したので困惑しながらも手を開いた。
そこには、見覚えのない古銭が握られていて私は息を飲んだ。これは私のではない、と声が出るより早く黒い手は古銭をかっさらっていき、あっという間に勾玉を押し付けられるように渡してさっさとカーテンの奥へと消えていった。
どうやらお代は払うことが出来たようだ。
私にはどういうことか分からないが、全てを知っているのだろう白蛇さんは今はここにいない。受け付け窓口と参拝先の方向に、そして鳥居をくぐった後にもありがとうとお辞儀をして、私は帰路を辿った。