第2章 *File.2*
「怒らないんですね」
「…怒ったところで、時間は戻りませんから」
俺にキスをされた事実も消せないと?
「意外だと思いまして」
「その言葉、そのままそっくり貴方にお返しします」
テキパキと手を動かしながら、閉店したポアロのテーブルや椅子をアルコールスプレーで吹き上げていく。
あれから約二ヶ月。
一緒に働きながら彼女の様子を見ているが、することに無駄がなく、丁寧で効率がいい。
特に接客には、目を見張るものがある。
なのに、前の職場では事務担当で、本格的な接客業は此処が初めてだと言うから、不思議だ。
「これでも初めて、だったんですよ?」
「何がですか?」
「あんな衝動的に誰かにキスをしたのは、です」
「……そ、ソウデスカ」
「ふっ」
洗い物を終えて手を拭き終わり雪乃さんの傍に歩み寄れば、ポアロで二人きりの今、警戒心全開で反応がいちいち面白い。
手にしていたスプレーボトルと布巾をさり気なくテーブルに置くと、頬を引き攣らせながら、ゆっくりと後退る。
営業中には、俺以外の誰かが店にいる時には、一切こんな態度を取らないのに。
「な、ナニカ?」
「を隠していませんか?」
「えっ?」
「もちろん、物では無い何かを」
「貴方の方ではなく?」
「貴女が、ですよ。雪乃さん」
「気の所為です」
「俺の直感は滅多に外れないんだが」
「……」
一人称をワザと僕から俺に変えてみせても、少しばかり目を見張るだけ。
「降谷零。彼が誰なのか?キミは知っているんだろう?」
「知りません。初めて聞くお名前ですが、安室さんのお知り合いですか?」
まるで、予め用意されていたような模範解答。
「ウソを付くのなら、吐かせるまでだ」
「えっ?」
ポンと肩を軽く押せば、追い詰めた壁際の椅子に倒れ込む彼女をすかさず押さえつけ、有無を言わせずに唇を重ねた。