第2章 魔導書
ストッキングを履いて、ブラウスに袖を通して、慌ててメイクを完了させて。
一人暮らしのアパートを飛び出し満員の山手線に飛び乗れば、ああ職場まであと少しだななんて思って憂鬱な気分になったりする。
そんなOLの朝の日常。
……を、魔導書に触れた途端急に思い出した。
「そ、そうだ私の前世って……東京のOLだった……」
魔導書にはご丁寧に『転生魔法』と書かれている。詳細も書かれているようだが、突然やってきた記憶の濁流に意識を持っていかれ目を通す気になれなかった。まあ多分、転生前の記憶を引き継ぐとかそんな内容だろうきっと。
「やばい……日本の暮らしを思い出してしまった途端ネットとか化粧水がないことが耐えられなくなってきた!」
ああ、眩暈がする。こんなことがあっていいのか。
それでも今私がラルカとしてこの世界で生きている事実が急に揺らいだりはしない。何を思い出そうが人生の時間は止まってくれないのだ。
とりあえず目下の問題はどうやって魔法騎士になるかということであったはず……。
「いやいや、そんなこと考えてる余裕ないって」
へなへなと座り込む。足の力が完全に抜けてしまった。
「おい、大丈夫かアンタ」
と、そんな私に誰かの手が伸びてくる。顔を上げれば、黒髪の見目麗しい青年が立っていた。
その手には……四葉の魔導書が。
「四葉!? 本当にあるんだ……じゃなくて。えっと、ありがとうございます」
ひとまず手をとって立ち上がり、軽く頭を下げる。
そういえばさっきまで四葉の魔導書だとか魔導書をもらえなかった少年がいるだとかで騒がしかった気がする。自分は前世の記憶を咀嚼するのに精一杯で全然聞いていなかったが。
「アンタさっき魔法騎士になるって言ってたな。オレも、そっちの幼馴染もそのつもりだ」
視線の先にいるのは彼よりも小さな少年。
「試験で会おう」
そういうと彼はふっと微笑んでどこかへ消えてしまった。
「ええ……。なんか約束してしまった。こうなるとやっぱり行かないとだよね、試験」
そもそも前世がOLだったことを思い出したとて、フィンラルに対する思いが変わるわけでもなし。
ここは気を取り直して試験対策を頑張ろう。