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ネジを弛めたサドルに跨がる瞬間【弱虫ペダル】

第8章 箱学自転車部は今日も平和です【泉田】


「いつまで人をおちょくる気ですか」

なんて壁に両手を押し付けられて、いつもは愛らしい大きな目が私を睨んでも現状を把握しきれなかった。
だって私はいつものようにアンディとフランクを撫で回しただけであって、日々の挨拶であり冗談混じりの戯れであり、今まで何てことなくしてきたこんなスキンシップで突然泉田くんが豹変するなんて考えてなかったから怖いのと不安とで頭はパンク寸前だ。目頭が熱くなる。何がいけなかったのかなんて愚問は口にするまでもなくて、泉田くんを何故かこんなに怒らせてしまったのだから私が悪いって事くらい理解できる。ただ、やっぱりその理由まではわからなくてただごめんなさいと溢れるように口から出てきた。

「謝って、それで済みますか」
「え、あ、ごめっ」
「あなたが側にいるだけでも僕はいっぱいいっぱいだと言うのに」
「あの、泉田くんっ」
「あまり余計な事をしないでください。気持ちのやり場に困るから」
「ごめん、」
「もういいです」

歯切れの悪い中途半端な会話は結局泉田くんの本心の一部を隠したままで、私も何一つ伝えられていない。ごめんなさいも受け入れてくれないならなんて言ったらいいんだろう。いつものようなノリで笑えばよかったのか。そもそもそんな雰囲気じゃなかったんだけれど。
外から部員の声が近付いてきてパッと手を放される。力強い手だった。それこそ男を感じさせられて、意識せずにはいられなくて、顔が真っ赤になったのは見なくてもわかる。

「相変わらずはえーのなァ」
「、どうかした?」
「おや?いつもの変態ごっこはしとらんのか?」
「どうもしないしあんたらが遅いだけだし変態ごっこじゃないし!」
「あァ?泉田ァ、なんかあったか?」
「いいえ、何も」

誰がどう見ても怒った様子の泉田くん。皆の視線は私に集まり、お前なんかしただろとその目が言う。何もしていない、と首を振る自信もなくてただ目を逸らした。

「ん?どうした泉田。となにかあったか」
「っ、何も!!」

後から来たくせに瞬時に把握したのはさすがだ。ただ空気は読んでほしい。福富くんに言い捨てて、着替え終えた泉田くんは足早に部室を出ていった。後からきた部員達は何も知らず活気に満ちた挨拶をしていつもの部室に戻っていったけど、それがかえって私一人取り残されたかのような気持ちにさせられていた。
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