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ネジを弛めたサドルに跨がる瞬間【弱虫ペダル】

第4章 距離感 【巻島 甘】


でも、せっかく会えた今だから、言うべきなのかもしれない。

「あ、のね。丁度お風呂出たらメールしようと思ってたの」
「へぇ、なんて?」
「明日お弁当作ってあげるって」
「そりゃ楽しみっショ」
「あ、」
「ん?」
「いや…えっとね…」

違う違う。確かにそうメールするつもりだったけどそれは会って話すきっかけ作りなわけで。今話すならもう関係ないことなのに、失敗した。
それがちょっと気まずくて言葉が詰まった。楽しみだなんて言った笑顔を直視できず、足下に視線を落とす。けどそんな私の気も知らず、ふわりと伸びてきた手が髪に触れた。

「髪、濡れてるっショ」

囁く声が優しくて涙を誘う。

「会いた、かった」
「そっか」
「来てくれて、凄く嬉しくて」
「うん」
「早く会いたくて、」
「でもそろそろ入らないと風邪ひくショ」
「やだ。もっと一緒にいたい…」
「俺も」

あぁ、なんだ、凄く簡単な事じゃないの。
どこか我儘だと思って言えなかった本当の気持ち。口にしてしまえば、裕介君は優しく受け止めて私の胸のつっかえがすーっと溶けて消えた。
そのまま私を抱き寄せて、耳に当たる鼓動が私のそれと協調する。
ドキドキする。今までで一番。

「好き」
「俺はが思ってる以上に好きっショ」
「ほんと?」
「じゃなきゃ会いに来ねぇって」

顔を上げれば唇が重なって、静まりかえった住宅街に響き渡るリップ音に恥ずかしさを感じた。なのに離れちゃうのが惜しくて、今度は私から仕返すと、ほんのり舌が入ってきた。

「んふっ…」
「おっと、今日はここまで」
「…」
「そんな物欲しそうな顔すんなって、俺もまだしてたいケド」
「ばか…恥ずかしくて死にそう」
「ハッ。かわいすぎショ」

初めて恋人と意識した。これが付き合うという事。お互い求め合って、好きを感じて、名残惜しいのが、恋人。
気をつけてね、と言って手を握った。帰ったら連絡する、って言って握り返す。その手が離れた瞬間寂しくなって、背中が見えなくなると胸が苦しくなった。
さっきよりずっと、どうしようもなく好きになってしまった。

fin.
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