第1章 創作の鍵【ホムラ】
「地上での罪深い快楽を覚えてしまった。
僕はもう海の中に戻ることは出来ないよ」
アリスは子供のように純粋に目の前の事に夢中になる彼の特性を想った。この先暫くは、いや当分と言って良いほど長い間……恐らく彼はこれに夢中になるのだろう。
『………後悔してる?』
アリスの言葉にホムラは意外そうな声を上げた。
「まさか!」
筆を置くと立ち上がって、アリスの足元までくるとベッドに腰掛ける。
そしてそのままシーツごと彼女を優しく抱きしめた。
「まさか。
後悔なんてするわけが無い
────そう言う君は?
後悔しているのかい?
…………僕とこうなった事」
アリスは首を振る。
『するわけがないよ』
するとあからさまにホッとした鼓動が胸元から伝わってきた。
「良かった
ねえ、不思議なんだ
君とこうなってから、創作意欲がどんどんと溢れてくる
この幸福な気持ちや色彩を
今このこの場でキャンバスに留めておかなければ溢れかえってしまう。
止まらないんだ、素晴らしいと思わないかい?
今僕はこれまでに無い大作が描けるような気がしているよ!」
意気揚々とそう言って強く抱きしめるホムラの腕にアリスはゆったりと身体を預ける。
『じゃあ
………出来たら1番に私に見せてくれる?』
ホムラは唇を優しく瞼に押し当てる。
「当然だよ、僕の女王陛下殿
君に1番に見せる
────仰せのままにね」
おどけた調子でそう言って、ホムラは恭しくアリスの手の甲にキスを落とした。その姿は正しく彼女の理想を絵に描いたような白馬の王子の様に映ったのかも知れない。
────…
翌週ホムラの個展には後に歴史に名を残すとされる名画が、入り口の真正面に実に大きな存在感を放って飾られることとなる。
だが作者であるホムラは生涯、
この絵をどの様な地位ある人間にも売ることはなかった
fin.