第1章 優しい人
「あの…」
「なんだ」
「お名前聞いてもいいですか?」
「……冨岡義勇だ」
冨岡義勇…
心の中で反芻してみる。
「お前は…」
「花里柚葉です」
「花里か」
呼ばれて一瞬どきっとした。
なんでかな…
「では花里。行くぞ」
「はい!」
さっきまで一人で歩いてきた道を、今度は二人で歩いて行く。
心細かった道のりが、何かで満たされたような気分だった。
その日のうちに戻ってきた私を見て、小豆のお店のご夫婦は驚いていた。
2人の顔を見た途端泣き出す私に駆け寄ってくれて、小豆をダメにしてしまった事を伝えると、怒るどころか「大変だったなぁ」と慰めてくれて、新しい小豆も分けてくれた。
本当に有り難くて、もう二人に足を向けて寝られないと思った。
その間、冨岡さんはお店の外でスンとした顔でじっと待っていてくれた。
もう一回言うけど…
どんな気持ちの顔ですか?それ…
お店に着くとみんな待っていてくれて、「おかえりー!」と迎えてくれた。
葉月ちゃんと蒼汰さん達はまた戻ってきていないみたいだった。
出発時は居なかったはずの、私の隣にいる冨岡さんを見て、皆びっくりしていた。
「誰⁈ 柚葉ちゃんその人誰⁈」
「もしかして柚葉ちゃんの…そうなの⁈」
「葉月ちゃんに続いて柚葉ちゃんもついに…!」
「ちっがーーう!!」
「……」
全力で否定する私を見ても、何故だか皆微笑ましく私達を見ている…ような気がした。
なぜだろう…
店の中に運ぶ作業は後は男の人達でやるので今日は帰っていいよと言われたので、お言葉に甘えて帰ることにした。
「冨岡さん、今日はありがっ…」
「どうした?」
今頃になって、右腕が布に擦れてズキっと痛む。
袖をめくってみると、最初に見た時よりも、擦り傷が所々腫れており、少し悪化してしまっていた。
「転んだ時に擦っちゃって。でも大丈夫ですから」
慌ててサッと腕を隠す。
早く帰って自分で手当しようと、冨岡さんに慌てて「じゃ、さよなら!」と言ってその場を去ろうとした。
しかし、
「待て」
傷のある方と反対の腕を掴まれ、捕まってしまった。