第2章 小豆娘
「奢るだのなんだのは気にしなくていい。花里さえ良ければだが…、一緒に食べてくれないか?」
俺にとって、誰かと共に過ごす時間など、今まで無いに等しかった。
こんな機会、滅多にないだろう。
姉との記憶にも後押しされ、気が付けば誘い文句のような台詞を吐いていた。
「いいですよ。お安いご用です」
「そうか。…ありがとう」
断られなかったことで少し嬉しくなり、自然と口角が上がる。
俺に釣られたのか、花里も微笑み返してくれた。
「いつにするんだ?」
「明日!明日にしましょう!」
判断が早い。
鱗滝さんが喜びそうだ。
「承知した」
「約束ですよ」
そう言って立てられた花里の左手の小指に、当たり前のように自分の左手の小指を絡ませる。
針千本
指切った
恐ろしい言葉の並ぶ指切りげんまん
だが花里とのゆびきりげんまんは、触れた小指が温かくて、優しいゆびきりだった。
「また明日」と閉められた玄関。
…鍵をちゃんと閉めろと言うのを忘れた。
女子の一人暮らし。
何かあってからでは遅い。
俺の方が心配になり始め、今からでも言っておいた方が良いだろうかと考え始めたその時、
“ガチャン“と中から鍵を掛ける音が聞こえた。
良かった…と、ほっと胸を撫で下ろし、俺はやっとそこから出発した。
殺伐とした世界に身を置く自分にはもう訪れないと思っていた、温かな、優しい時間だった。
こんな時間がずっと続けばいいと思えるほどに。
そんな事を考えていると、一羽の鴉が俺の肩にとまる。
「義勇…」
「寛三郎」
「可愛ラシイ娘ジャ…」
「…いつから見ていた?」
「ハテ…イツカラジャッタカ…?」
はぐらかされた。
「イツ嫁二来ルンジャ?」
……判断が早い!
「まだ会って一日も経っていない」
「ソウジャッタカ。優シソウナ娘ジャ」
「あぁ」
「義勇…今日ハ楽シカッタカ?」
「…そうだな。楽しかった」
それは間違いなく、俺は今日とても楽しかった。
「オォ…ソウカソウカ。良カッタノウ…義勇」
寛三郎は俺の返事を聞いて、嬉しそうに羽を広げた。