第1章 1
「あれ?景吾は?」
叶弥は、朝一で恋人である跡部の教室へと向かって首を傾げた。
いつもなら、そこに退屈そうにして座っているはずの彼が、何故か今日に限っていない。
まぁ、そんな事で驚く程の事でも無いとは思いもするが、いつもの光景がそこに無いのは叶弥にとっては不安この上なかった。
そんな叶弥の様子に気付いてか、端の方で友人数人と話していた宍戸が、ゆっくりと叶弥の元へと近付いてきた。
片手を上げ、よぉと声を掛ける。
「あ、宍戸」
「なんだどうしたんだよ、浮かない顔してんぜ」
「…ねぇ、景吾見なかった?」
「は?跡部?あー、そういや今日はまだ見てねぇな」
「え?まだ来てないの??」
「いや、鞄はあんだから来てはいるんじゃねぇか?」
宍戸はそう言うと、くいっと跡部の机を顎でさす。
確かに机の横には、無造作に鞄が置かれている。
「ホントだ…じゃあ、何処にいったんだろ」
「なんだ、跡部が居ないのがそんなに 不安かよ」
「べ、別にそう言うんじゃ、無いけど…」
「まぁ、彼奴は相変わらずモテてるしなぁ。大方また呼び出されてんじゃねぇか?」
「………」
「と、わりぃ」
宍戸は、自分の言葉に俯いた叶弥を見てばつが悪そうに口元を押さえた。
そう、跡部はモテる。
自分が彼女になる前は、もう毎日が呼び出しの嵐で。
近付こうにも怖くて出来なかった。
そんな中、急に決まったテニス部マネージャー入部。
友人が自分の事を男テニに勧めたらしい。
突然降って湧いた話ではあったが、叶弥にとってそれは好都合だった。
跡部と話せる、それだけで叶弥にとっては十分だったのだ。
けれど、そう思えたのは初めだけで…。
叶弥はどんどん跡部にハマっていった。
跡部が、自分に対してなにより優しかった事が災いして…。
自惚れかもしれない、そう思いはしたものの気持ちにブレーキは掛けられず。
思い切った告白。
そして……まさかのOKの返事。
それから叶弥は、跡部と付き合い始めたのだ。
それ以降、今まで嵐のように続いていた告白が嘘のように収まり。
跡部はいつも、教室で退屈そうに窓の外を眺めながら、叶弥が来るのを待つようになった。
そう、いつも。変わらず…。