第9章 揺蕩う幸福
「結の怪我について、他に聞いてるか」
「右手を強打したから痺れが出てる、ってこと以外なーんも。本人から直接聞くのが早いンじゃねェの?」
「聞こうとしたが、避けられた」
「つっても、隠すようなことなくねーか? 話してくんなかったのは相澤の言い方のせいだろ、言い方ァ」
山田は驚いた表情を見せたが、すぐにその表情は柔らかい笑みに変わった。
袋の中から取り出したお菓子を無造作に並べながら、相澤の様子をちらりと伺う。
眼差しには長い間一緒に仕事をしてきた同期ならではの洞察力が光っていた。
結の髪を乾かす音が部屋に響き、二人の会話に溶け込んでいく。
山田は深く追求する様子はなく、淡々とお菓子を並べ続けた。
やがて、袋を漁る音が止むと、サングラス越しの瞳が相澤を真っ直ぐに見つめた。
「結ちゃんは大丈夫だって言ってんの。それ以上、俺らが聞くコトはねェよ」
山田の言葉は反論の余地がないように響いた。
一方的な決定を下し、相澤に弁当を差し出す。
その静寂を破くようにして、音が止んでいた洗面所の扉が開いた。
「お風呂あがったよ。あ、ひざしさん。こんばんは」
「結ちゃんもそう思うよなー?」
「何の話……?」
部屋着姿の結は山田の問いに対して戸惑いの色を浮かべた。
助けを求めた視線が向けられるが相澤は黙り込み、どこか拗ねたような表情を見せていた。
「相澤が口下手で愛想が悪いってトークゥ」
「ンなこと話してなかっただろ」
「してましたー」
「ひざしさんと比べたら口数は少ないけど……一緒に居て、愛想悪いなって思ったこともないよ」
その言葉に山田の動きが一瞬止まった。
結の肩を抱こうとしていた手がぴたりと止まり、戸惑って相澤を見やった。
相澤もまた、思考が一時停止したかのように視線を落としたまま動かなくなった。