第16章 手放せない温度
昨夜の残り物で簡単に夕食を済ませ、寝る準備を整えると強い睡魔が容赦なく結を襲った。
体の芯まで沈み込むような疲労感に、ソファーで眠るのは諦めて自室へ向かう。
布団に入ると、ほんの数秒で意識が溶けていった。
幸いなことに、息苦しさで目覚めることはなかった。
だが、右手の痛みがじわりと意識を引き戻す。
違和感を覚えて薄暗い部屋を見渡すと、ティッシュやゴミ箱などの小物が散乱していた。
また無意識に個性を使っていたのだろう。
結は重たい体を起こし、それらを元の位置に戻して再び布団にくるまった。
次に目を覚ますと、カーテン越しに暖かな日差しが差し込んでいた。
そんな穏やかな朝を壊すように、枕元で転がっている携帯端末が小刻みに震え、断続的に電子音が響く。
誰からの電話か、察しがついていた。
眠気に勝てず、鳴り止むまで放っておこうと目を閉じたが、相手は諦める気がないらしい。
何度も響く音に観念し、結は布団の中から左手を引き出して画面をスライドさせた。
『遅せェ、今起きたのか』
寝起きの結の様子に、電話越しに鼻で笑う声が聞こえた。
その向こうでは子供たちの楽しげな声が混じっている。
意外な音に、ぼんやりしていた頭が少しずつ覚醒していく。
『公園集合』
「……いつも急だよね、君……」
『やっと時間作れたんだ。早く来いよ』
「んー……」
男はすでに公園にいるのだろう。
だが、結の体はまだ体育祭の疲れが抜けきっていない。
午後の予定を考えると、なるべく体力は温存しておきたかった。
久しぶりに会いたい気持ちと、もう少し眠っていたい気持ちが釣り合うように揺れる。
結の眠たげな返事を聞いて、このまま二度寝するつもりだと男は察した。