第4章 アングレカム【五条悟・教師編】
『はぁっ……はぁっ……』
術師の中でも、決して足が遅いわけではない。が…いくら何でも先生が速すぎて、息が切れる。
「……体力ないね、雫は。そんな奴はあぁいう店で働けないよ。」
私の前を、息も乱さず歩く先生。
『男の人の相手をして…頑張れば簡単に稼げるって言われました。放っておいてください。私にはもう…これしか…』
「あのさぁ…」
振り向いた先生は、建物に寄りかかる私を閉じ込めるように、両手を思い切り壁にぶつけた。
バキッ…ガラガラ……
「いいか雫。男の相手がどういう事かもわかんねぇようなガキが、簡単とか口にするな。病気、妊娠…心のリスク、体のリスク、あらゆる危険をはらんでる。
この不景気で客も少ない、色んなとこにピンはねされる、お前に残る金なんざ、たかが知れてんだ。本気で稼ごうとしたらなぁ、気付いた時にはボロッボロの雑巾みたいになってんだよ。」
『…っ……』
「わかったか。」
聞いたこともない低い声と、乱暴な喋り方。
『ごめ…なさ……』
ビリビリとした雰囲気に心臓が早鐘を打つ。
いつもふざけている五条先生が怒った所を初めて見た。
びっくりして涙が頬を伝うと、大きな手がわしわしと頭を撫でる。
「けどまぁ…わかんないよね。
それが子供なんだもん。だから本当に悪いのは、子供とわかっていながらウマい話で釣ろうとする馬鹿な大人と、困っている子供に手を差し伸べない馬鹿な大人だよ。」
先生はスッと手を差し出した。
「怖がらせてごめんね。帰ろう、雫。」
先生の大きな手に触れようとした瞬間、ガクっと足から力が抜けたのがわかった。
「ふふっ、腰抜けちゃった?
本当に雫は手のかかる生徒だね。」
先生に横抱きにされたと同時に、気づくと高専内の校舎の前にいた。
「時間短縮♡…雫、ちょっと僕の部屋においで。
担任として話がある。」
ご飯食べてからでいいよー、と言い残して、先生は学校のすぐ近くにある社宅に消えていった。
誰もいない食堂で食事を温め直し、一人で夕食を取りながら考える。
『規則を破って大人の店で働こうとした、私へのお咎めかな…』
結局、現状は何も変わっていない。お母さんの病気が治ったわけでも、お金の目処が立ったわけでもないのに、五条先生の言葉次第では、退学…なんてことも…