第3章 ヘブンロード【七海建人・高専編】
「本当にいいんですか?」
『うん…ありがとう、建人。一緒の部屋に泊まってくれて。』
今朝雫が予約した民宿は部屋数がそもそも少なく、追加で部屋はとてもとれなかった。
周辺の旅館も軒並み満室で、私は一人でホテルに、と言うと雫の瞳が揺れた。
一部屋ずつとるのであればホテルになってしまい、それは避けたかった為雫の予約した部屋に2人で泊まることとなった。
「いえ…雫が気にならないなら…私は問題ありません。」
食事は済ませてあり、互いに風呂に向かった。
部屋に戻ると、しばらくして雫が戻ってきた。
『ただいま。お風呂、気持ち良かったね。』
蒸気する頬、団子にまとめられた髪、嫌でも目に入ってしまう綺麗なうなじ、浴衣から覗く細い首…
狭い和室は布団を離そうにも離すことができないくらいの広さで、今日は椅子で眠る他ないな、と覚悟を決める。
「先に寝てください。私は読み終えたい本があるので。」
『…ちょっとだけ手、握ってくれない?』
急に緊張した面持ちになり、カタカタと震える手元が見えた。
「わかりました。」
自分の布団に入って座ると、雫の手をそっと握って本に目を落とす。
石鹸の香りが鼻腔をくすぐり、柔らかな手の温もりを感じると理性を保てるのか不安になってくる。
『建人…ぎゅって抱っこするのは…だめ?子供みたい…?』
「………いえ。」
そんな事をすれば確実にそれだけでは済まなくなる。
それがわかるからこそ、答えに詰まってしまう。
『高専に来たばかりの時ね、寝る時に硝子先輩がいつもぎゅってしてくれたの。抱きしめて、いい子いい子してくれたから眠れたんだ。硝子先輩、凄くいい匂いなんだよ。安心して、いつもすぐ眠れた。』
「ありがたいですね。」
雫に同性の先輩がいて本当に良かったと目尻が緩む。
『硝子先輩がいない時は、こっそり五条先輩が一緒に寝てくれたんだ。』
「…は?」
『私が寝たら硝子先輩は部屋に戻るんだけど、五条先輩はめんどくせぇ、って朝まで一緒に寝てくれ…』
「あの人も…雫を抱きしめたんですか?」
ふわふわとした優しい気持ちが一瞬にして吹き飛び、黒い感情が心の中を覆い尽くす。
『雄と…付き合う前だよ?』