第3章 ヘブンロード【七海建人・高専編】
スーツケースがなかった。
遠い場所…いや、何日か泊まる可能性もある。一人で…?慣れた場所でなければ安心して眠れないはずなのに。
一人でも…泊まれる場所…?
過去に泊まった場所…
とある場所が頭に浮かぶ。
午後の体術訓練の後は任務もない。
「夜蛾先生…」
荷物をまとめ、思い浮かんだ場所を目指して部屋を出た。
side 雫
午前中に辿り着いた島は、数ヶ月前とは変わっていた。
温かい風が頬を撫で、緑が生い茂り、至る所から蝉の鳴く声が聞こえる。
かれこれ数時間、ヘブンロードの先の小島が見える大きな木の下で、人の流れをボーっと見つめている。
行き交う人々は皆幸せそうに笑顔で道を渡り、また戻って来る。
寝不足でクマをつくった暗い顔の自分には、幸せの象徴であるその場所が、随分不釣り合いに思えた。
「やっぱりここにいたんですね…」
俯きながら地面を見ていると、ふいに聞き慣れた低い声が聞こえ、思わず目を開いた。
『建人…何で……』
「勘です。合っていて良かった…」
『学校…は?ていうか任務は?』
「今日は任務がなかったので…明日も1日休みにしてもらいました。」
建人の手には、黒いボストンバッグが握られている。
『珍しいね…自分から休みを貰うなんて…』
「初めてです。けど…心配だったので。」
『………』
「ずっと、こうしていたんですか?」
健人がゆっくりとベンチに腰を降ろす。
『前に3人で来た時ね、私…"ずっと3人でこうして過ごせますように"ってお願いしたんだ。
その願い事が雄にとって呪いになっていたら困るから…
無効にしてもらいに来たの。』
「………」
『私…呪術師辞めようかと思って。』
「…なぜ?」
『向いてないかな、って。宿泊1つとっても周りに迷惑かけるし、情緒不安定で冷静さに欠けるし…』
膝の上でぎゅっと握った手に力が入る。
「今更でしょう。それでもやってきたじゃないですか。
…本当にそれが…理由ですか?」
『ふふっ…やっぱり鋭いな健人は…
呪術師舐めるなって絶対言われると思うけど…
私……この世界に死に場所を求めてたの。自分で命を絶っても両親の元には行けない。
なら…人の役に立って死んだらきちんと認められて、尚且つ絶対天国に行けるって思ったんだよ。
最悪でしょ…?』