第3章 ヘブンロード【七海建人・高専編】
遺産目的に沢山の大人が雫を引き取りたがり、争ったこと。
引き取られた先で名前を呼ばれず育ったこと。
気に障ることがあると折檻と称して虐待されたこと。
笑えなくなった事を気味悪がられ、施設に入れられたこと。
「……っ…」
到底信じられなかった。
今の雫の姿からは想像できない過去。
「施設に入れられたことは良かった、って思ってるみたい。喋れなくなって、笑えなくなった雫を支えてくれた大事な場所だって。挨拶とか、友達の大切さも、全部教えてくれたんだって。家族同然みたいだよ。」
「………」
"あまり誰彼構わず挨拶しないことです"
「灰原私は…雫の何を見ていたんだろうな。」
雫が心配だなんて事は建前で、本当は自分が雫を他の男と関わらせたくなかっただけ。
醜い独占欲を正当化しようとしたその行為は、ただの自己満足に過ぎなかった。
「どれ程温かい場所があってもさ、寂しさや辛さが消えるわけじゃないと思うから…」
灰原は押し黙り、私をまっすぐに見つめた。
「支えたいんだ。雫のこと。僕が全力で。」
嘘偽りの一切ない、力強い眼差し。
あぁ、本当に…
「幸せだな。」
「…え?」
「灰原が側にいてくれて、雫は幸せだと思う。」
「えっ…やだなぁ、何だよ七海、急に。」
照れ臭そうに笑う灰原を見て思う。
私もこの気持ちに一切の偽りはない。雫の過去を知り、雫を支えているのが灰原であり、私ではない。それが本当に…良かったと思った。