第1章 前編
「よし」
子犬を抱き上げて、立ち上がる。浴室に連れて行こうと、ヤマトは居間を後にした。
「ちょっと、身ぎれいにしてから行こうか」
話しかけて、脱衣所の扉を開ける。すると、今まで大人しく抱かれていた子犬が突然暴れ出した。必死な形相をして、ヤマトの手から逃れようとしている。
「え?どうしたんだい?」
ヤマトが呆気に取られて手を離すと、子犬は一目散に脱衣所から逃げ出した。目の前の板の間を右へ左へと滑りながら、居間の方へと走っていく。
「こ、こら!」
ヤマトは慌てて子犬を追いかけた。
子犬の突然の行動に首をひねりながら、ヤマトは居間に戻った。
部屋を見渡すと、子犬が壁際に設置してある本棚の影に潜み、捕まるまいと身を固めている姿が目に入る。
一瞬木遁の使用を考えたが、あまりの拒絶の姿勢に洗うことは諦めた。
確かに木遁を使えば、捕まえることは造作もない。それでもむやみに小さなものに使うのはためらわれたし、よくよく考えば、匂いをたどる予定だったのだと大事なことを思い出したのだ。
怯えている子犬を見やり、ふっと息をつく。部屋の中央に設置してある座卓の傍に腰を下ろし、ヤマトは子犬の方に体を向けた。
「ごめんよ。びっくりさせてしまったね」
そう言って謝った。
けれど、子犬はヤマトを凝視したまま、本棚にへばりつき身動き一つしないでいる。
そんなに嫌だったのかと驚きつつも、その解りやすい態度にヤマトは思わず苦笑した。
「もうしないから。怖がらないで、こっちにおいで」
極力優しい声で話しかけ、両手を差し出し笑いかける。そうしてしばらく待つと、子犬は恐る恐るヤマトに近づいてきた。
「悪かったね」
抱き上げて背を撫でてやると、安心したのか、子犬はヤマトの頬をまたぺろりと舐めた。