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五作目 松野唯吹

第1章 本編


前を向いてハキハキと話す姿は朝日のように眩しかった。
これが一目惚れというやつなのだろう。
どこの学校から来たのか、何が得意なのか。
彼女はそんなことを言っていた気がするが、
それを聞けるだけの余裕は彼にはなく、
朝のホームルームが終わるまで
僕は硬直したまま前を見ていることしか出来なかった。

授業が始まるまでの時間ですらクラスメイト達は
彼女の席を囲んで質問攻めをしていた。
誰も彼もが彼女に興味津々なようで、
松野は自分だけが彼女に惹かれたわけではないことを
少し残念に思った。

松野はそう思って一瞬腰を浮かせ、
しかしすぐにまた座り込む。
あの人の壁に入っていく勇気は彼にはなかった。

彼女に訊きたいことがいくつも浮かぶ。
しかし今出来ることは何もないと諦め、
松野は手元の教科書に視線を落とした。
せめて声だけでも聞けないかと耳を澄ましていた。

昼休みも彼女は大人気だった。
常に人の壁が出来ていて姿すらほとんど見ることが出来ない。
あれで昼食をとることが出来ているのだろうか。
松野は少し心配に思いながらも、
周りから不自然に思われないよう、
あまりそちらに視線を向けないようにしていた。

「あそこにいるのが松野唯吹だよ」

ふと自分の名前が聞こえてくる。
松野は咄嗟に気付いていないふりをした。

「でも遠目に見てる分には、いいなって思う、私」

「わかる!声かけづらいけどなんかいいよねぇ」

キャッキャと高い笑い声が耳に響く。
松野はひっそりと溜息を吐いた。

(クール、か。別にそんなのじゃないのに……)

ただ人見知りをしてしまうだけなのだ、自分は。
それなのに皆遠巻きにして
“あの子はクールなキャラだから”と決めつけてしまう。
女子にはどうやらある程度好かれているらしいが
ただの観賞用ならどうでもよかった。

それにしてももう名前で呼ぶ仲になったのか。
松野は彼女達の社交性の高さに羨ましくなった。
こちらは声をかけることが出来るかどうかがまず問題なのだ。

(駄目だ)

これではいつまで経っても声を掛けられやしない。
自分には無理な話だったのだ。

弁当の残りを口に運びながら松野は視線を潮田に向けた。
人の間から一瞬見えた、
彼女は今朝と同じ眩しい横顔をしていた。
それをしっかりと記憶に収め、
松野はこの恋に蓋をすることにした。
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