第12章 消失 × 現実
猫を抱えて自宅に入ると、タイミングを見計らっていたかのように腕の中にいた黒猫はピョンと飛び降りた。
まんまるに開かれた目は薄いブルーの瞳をしていてとても綺麗だった。
「にゃー」
『猫ちゃん、おなか空いてない?』
「にゃ」
『牛乳あったかな…』
冷蔵庫を開けてみると、ちょうどよく牛乳が入っていた。
『あった!猫ちゃん、ホットミルク作ってあげるね!』
「にゃー」
『おりこうな猫ちゃんだなぁ。座って待ってるし。言葉わかるのかな…』
そんなことを言いながら、牛乳を温めて皿に移す。
『猫ちゃん寒かったでしょ?はい、どうぞ』
「にゃ」
短く鳴き返した黒猫は、ぴちゃぴちゃと牛乳を飲み始めた。
『ふふ、君はいいコだね。』
おいしそうに牛乳を舐めている猫を撫でながら、考えるのはイルミのことだった。
(イルミ、あなたと一緒に過ごしたあの時間は、やっぱりただの夢だったの?)
彼と過ごしていた時間は全て鮮明に思い出せるのに。それでも自分が今いるのは、何も変わらない今まで通りの場所と時間。
『…ひゃっ!』
考え込んでいるところに、突然指にざらりとした感触。いつの間にかホットミルクを飲み終えた黒猫がサクラの指を舐めていた。
『飲み終わったんだ。お腹すいてたんだね!』
言いながらお皿をキッチンへと運ぼうとすると、
それを制するように、黒猫は前脚をサクラの手に置いた。
『ん、どうしたの?』
鳴くこともせずにブルーの瞳でじっと見つめたかと思えば、トトト…と寝室の方へ行ってしまった。
『なんだろう?』
不思議に思ったサクラは空になったお皿をキッチンに置いて、黒猫が行ったと思われる寝室へと足を運ぶ。
『猫ちゃん?』
かりかり…
寝室に猫の姿はなく、洗面所の方から何かをひっかくような音が聞こえる。
『こっちかな?』
音の方へ向かってみると、黒猫は洗面台の鏡をひっかいていた。
『どうしたの?』
ひょい、と黒猫を抱き上げると大人しく腕に収まって喉をぐるぐる鳴らしている。
『……うーん?』
不思議な行動に首を傾げながら、ふと鏡に目をやる。
『あっ!』
映ったのは首元の赤い印。
─ココ、オレのって印つけたから─
イルミが残したキスマークだった。