第1章 始まり【共通物語】
ー文久三年・十二月ー
「ここが、京の都……」
千鶴は我知らずに唇から感嘆の息を漏らしながら、京都の都を見回していた。
そんな姿に思わず笑みを浮かべながらも、自身も町を見渡してから白い息を吐く。
「江戸とまた違う風景だね……」
「うん。それに、京の暮らす人々誰も彼も、優しげな笑みを浮かべてるね」
江戸とはまた違う賑やかさと人々の話し声。
交じわされる柔らかな言葉さえ、この都にはとてもしっくるして似合っている気がしてしまう。
ただ江戸と違うのは、なんだか空気が冷たいような、あの江戸のような温かさを感じられない所。
温かさを感じられない理由。
それは、風の噂や江戸の人々の噂話で聞いた京の都の人間は余所者を嫌うというのが理由なのだろうか。
まるで余所者を受け入れてないような冷たさを感じてしまうのは、気の所為なのだろうか。
「なんだか……ちょっと、居心地が悪いような……気の所為かな、千尋」
「気の所為と、思いたいかな……。初めての土地だから余計そう感じるのかも。江戸とは違う場所だし、ここまで歩き通しだったから心身共に疲れてるせいかもね」
居心地が悪いと感じるのは私もだ。
でも余計事を言えば、千鶴がまた不安がると思い自分が感じた事は伝えなかった。
「ほら千鶴。立ち尽くしてる場合じゃないよ!町の人に声をかけて、松本先生の場所を聞かなきゃ」
「あ、そうだった。うん、聞かなきゃ。あの、すみません!道をお尋ねしたいんですがーー」
千鶴と共に京の都の町の人に声をかける。
そして目的の場所に向かう為に道を訪ねたのだが……。
「……どうしよう、かな…」
「どうしよう……」
夕暮れ時。
私達は立ち尽くしてしまっていた。
横に立っている千鶴は困った表情をしながら、ぼんやりと空を見上げていた。
既に黄昏初めていて、冬の季節のせいかもう薄暗くなってしまっている。
京の人は別に意地悪するでもなく、親切に道順を教えてくれたのだけど……。
「まさか、お留守だなんて……」
「居られると思ったんだけどなぁ……」
尋ねに向かった方は松本良順という幕府に仕えているお医者様であり、私達が唯一京で頼れる人であった。
私や千鶴は直接お会いした事は無いけれど、父様と懇意にされている方。
父様も、自分が留守の間に困ったことがあれば、まず松本先生を頼るようにと言っていた。