第7章 混沌【土方歳三編】
仙丹というのは、中華という国で飲めば不老不死になると霊薬だと言われているもの。
変若水はそれと似た物ということなのだろう。
「羅刹……変若水……」
羅刹が、あの夜私たちが見た人ならざる者達。
そして変若水は山南さんがあの日、自ら飲んでしまった薬のこと。
羅刹に変若水。
まるで、物語に出てきそうな言葉であり、現実味のない話に思えてしまう。
だけど、それを父様は実験して作り出していた。
「その薬を飲むと腕力がとても強くなり、傷もたちどころに癒えるようになる……と聞きました」
「ですが、飲めばとてつもない苦しみに襲われ、副作用で血に触れると制御出来なくなるほどに狂ってしまう。そして、心の臓を貫くか首を落とさなければ死なないと……」
私たちの言葉に、松本先生は眉間に皺を寄せながら重い動作で頷く。
そして、まるで痛みをこらえるような表情で眉間を押さえた。
「……そこまで知っていたのか」
「はい……」
知りたいわけじゃなかった。
だけどあの夜の日、羅刹となった彼らを見てしまって私たちは知ることになったのだ。
だけども、あの日見た羅刹の彼ら。
彼らを見た時に、変若水が不老不死の霊薬だなんて思えなかった。
不老不死ではなく、化け物を生み出してしまう薬だと思えたのだ。
「……どうして」
千鶴のうめくように呟いた言葉に、私は眉を下げた。
今、千鶴が考えていることはわかる……何故、そんな物を父様が作り出したのかと。
「どうして父は、そんな研究を……」
「……千鶴」
「だからこそ、良心の呵責に耐えかねた綱道さんはここを去ったんだろう」
「しかし……あれは幕府が、新選組の人材不足を補う為に授けて下さった知恵でもあるのです」
近藤さんの言葉に、松本先生は厳しい表情をされた。
そして、厳しい表情のまま首を横に振る。
「……あの計画は失敗だ。行わないほうが良い。幕府も見切りをつけているはずだ」
まるで、幕府の方針を否定するかのような松本先生の言葉に、近藤さんは苦い表情を浮かべた。
「あの薬を飲んだ隊士たちがどうなったか、近藤さんもよく知ってるだろう。あの計画は、人道的に決して許されるもんじゃない」
「むう……」
松本先生の言葉に、近藤さんはうなったきり、そのまま黙り込んでしまった。
きっと近藤さんも、その計画が危険なものだとわかっているのだろう。