第3章 変わらないもの(七海夢)※
「―――七海は、ちゃんと大人になったんだね」
自分の成長のなさに恥ずかしくなった。
高専卒業後の私なんて、どんどん卑屈になって、惨めになって。やり甲斐とか目標なんて、とうの昔に忘れてしまった。
「皆大人になったでしょう」
「皆は、ね」
「貴方もでしょう」
「年齢だけは、ね。私は何も変われていないよ」
変わったかもしれないけど、ほら。
こんな捻くれ者になっちゃったよ。
高専時代の私は、今より少しは可愛気があっただろうな。
あの頃は夢とか希望に満ち溢れて、大好きな仲間達に囲まれて。それなりに大変なことや辛いこともあったけど、それでも毎日が楽しくて。
あの日々が永遠に続くんだと、当たり前に思っていた。
今もまだ、私はあの日々に囚われ続けている。
「―――小さな絶望の積み重ねが、人を大人にするのです」
「小さな絶望?」
「例えば。お気に入りの惣菜パンがコンビニから姿を消したり」
「あーわかる。どんどん新商品出るからね」
「徹夜がしんどくなってきたり」
「わかる!高専の時はオールなんて余裕だったのに、今は本当に無理だよ!」
「枕元の抜け毛が増えていたり」
「え、それはない」
「……」
「え、七海そうなの?」
「……」
「えっ、本当なの?それはヤバいって」
ねえねえ、七海ってば!と、腕を掴み揺らすと「そうやって大人になっていくんです!!」と。ズレてもいない眼鏡をかけ直すフリをして動揺を隠す。
「はーあ、ははっ。おもしろ…ふふっ」
あーでもないこーでもない。
くだらないやり取りやじゃれ合いが、涙が出るくらい楽しい。
大好きだった、あの頃と変わらないふざけ合い。けれど、話す内容はあの頃と様変わりしていて、やはり時の流れを感じずにはいられなかった。
「やっとですね」
「ふふっ。ん?なにが?」
「やっと昔のように笑ってくれましたね」
「っ」
ずるい、その顔は。
フッと僅かに笑う七海。
―――七海の背後に花が咲いた。
否、花なんて咲いてない。
だけど、ふわっと。硬い蕾が柔らかい花弁を開くように。七海の小さな笑みに絆されて、私の本音がぽつりぽつりと零れ落ちる。
「…変われないって言ったけど、嘘。変わる勇気もなかったの」