第4章 憧れの人
「まぁ、確かに練習はきついけどさ、一の芸だけはやりたいじゃん!」
俺は運動もそこそこ出来るタイプだったが、とりあえず足が早ければいい訳ではないので雅楽舞踏はすごく大変だった。
「違うぞ!」
師匠には何度もそう言われ、この人なんて声がデカいんだろうと思ったりもしたが、俺には憧れの人がいたから諦め切れなかったのだ。
ヤマトさんだ。
ヤマトさんがここに勧誘されたのは、マコトの兄の友達だったからということらしいが、一度やってみたら思いの外一発で一の芸が出来たから師匠に相当気に入られているらしい。
聞くと元々剣道をやっていて、着物や立ち回りに通じるものがあったのかもなんてヤマトさんが話してくれた。俺も剣道をやってみようかななんて言うと、ヤマトさんが優しく笑ってくれたのをよく覚えている。
俺はますますヤマトさんみたいになりたくて何度も稽古に励んだ。とはいえ、俺は単純だったから、一の芸……あの初めてヤマトさんが見せてくれた雅楽舞踏さえ出来ればなんでも出来ると思い込んでいたのだ。だから何度ダメだと言われても、一の芸さえ出来ればと挑戦し続けることが出来たのだ。
しかし、俺は師匠の芸を見て、雅楽舞踏にすっかり魅了されることとなる。
師匠は、人前で舞をすることはなかった。なので弟子たちからは、怪我で引退したんだと噂が流れていた。
あんなに厳しく指導する人が本当に一つも芸が出来ないのかと子どもながら疑い心を抱いていた俺は、二人きりになったタイミングでヤマトさんにこう聞いてみたことがあった。
「師匠はなんで芸をやらないんでしょうか」
するとヤマトさんは、くすりと笑って手にしていたミネラルウォーターを口にしてからこう言った。
「みんなの噂を聞いたんだね」とこちらの考えを読んだかのようにヤマトさんは言った。「師匠の芸見たら絶対惚れるよ。間違いなく」
「ふぅん……」
ヤマトさん、あんな歳上が好きなんだ、なんて的外れなことを考えながら俺もミネラルウォーターを飲んだ。けど、ヤマトさんがそこまで惚れ込んでいるなら、俺も師匠の芸を見てみたいと思った。