第5章 【降谷 零】バーボン
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「バーボン、お待たせ!遅くなってごめんね?」
「こんばんは、フィアーノ。僕も今来たところですよ」
地下の暗がりにある小さなバー。
週に1回、ここで彼女と2人きりで会うようになったのは1年ほど前から。
黒ずくめの組織の幹部、ジンの愛人と呼ばれている女。
アイツらの仲間とは思えないほど、無邪気で可愛らしく、素朴でどこか懐かしいような・・・・・・。
こんな子に誘われたら、罠だと分かっていても付いて行きたくなってしまうだろう。
情けないが僕もその1人だ。
一緒にいると本物の恋人だと錯覚させられる。
完全に警戒を解いたわけではないが、初めて会った時から彼女に心を奪われているのだ。
そして彼女も・・・恐らく同じ気持ちでいてくれているのだと思う。
「またそれ飲んでるの?好きねぇ」
「もちろん。好きなんですよ、フィアーノが」
「ふふっ。マスター、私もいつものお願い」
彼女の"いつもの"酒はもちろん、"バーボン"だ。
こうしてお互いのコードネームの酒を飲み、他愛もない話をする。
現実を忘れ、彼女の瞳に僕だけを映す最高の時間だ。
「今日の任務はどうだったの?スコッチとライも一緒だったのよね」
「えぇ、滞りなく。あの2人もフィアーノに会いたがってましたよ」
「私も会いたいなー!今度みんなで飲もうよ!バーボン、話しておいてくれる?」
「まさか。任務以外であなたに会わせるつもりは、これっぽっちもありませんよ」
キョトンと僕を見つめる大きな瞳。
可愛い。こんな可愛い姿をあの2人に見せるなんてもったいない。
名前を呼ぶのも呼ばれるのも許さない。
「フィアーノ・・・2杯目はこちらでいかがですか?」
スーツの胸ポケットから、この上にあるホテルの部屋のキーを出す。
今日は特別な日だから特別な部屋を取った。
「この番号!最上階の!?眺めが最高なのよね!」
「えぇ。お気に入りでしたよね。僕達が初めて2人で過ごした・・・思い出の部屋です」