第1章 秋の声
「けど、録音だけなら動画じゃなくても良かったんじゃないです?」
「え、どういうこと?」
「録音機能、ありません? 大体スマホにあるんですけど」
と俺がぼんさんのスマホ画面に指を滑らせると、やはり録音機能アプリが搭載されていて、これですとタップした。
「へぇ、これで録音だけが出来るんだ!」
「自分のスマホなのに今気付いたんですか?」
「あるのは知ってたのよ? けど全然音が入らなくて不思議だなぁと思ってたんだよね」
「それは、長押しだからっすね」
「あ、なるほど」
こういうのはなんで長押しって書いていないんだとぶつくさ文句を言うぼんさんの指先が、俺の指とぶつかってびっくりした。びっくりした勢いで急いで指を引っ込めたものだから、ぼんさんはきょとんと俺に目を向けた。
「え、何その反応」
ドキリとした。俺はぼんさんの質問に答えられずに目を逸らした。
「俺嫌われた? え、何、やめてよそんな反応〜」
とぼんさんが一人で騒ぐので、ちょっとびっくりしただけですとなんとか返すとほんとに? と首を傾けて顔を覗き込むので心臓に悪い。
「まぁ、MENならいいか」
「え……んんっ?!」
何を考えているのか、ぼんさんがそう呟くなり俺の唇を急に触ってきて言葉を塞がれる。ぼんさんの指はすぐに離れたが、イタズラそうに笑うその顔が妙に焼き付いた。
「はははっ、仕返し♪」
ぼんさんは席を立った。ちょっと喫煙所に行ってくるなんて言いながら部屋を出て行って。
ボーッとした後、ぼんさんが先程の動画を開きっぱなしでスマホを置いて行ったことに気が付いてハッとした。リリリと細かく鳴く鈴虫が心地よくてざわつく。今度鈴虫の鳴き声を聞いたら思い出してしまいそうで俺はたまらずため息をついた。
「はぁ〜……」
自分の唇に思わず触ってしまう。ぼんさんの冷たくも温かくもない指先を、一瞬で覚えてしまった。