第2章 安堵の時
安堵の時(凪)
夕方から降り始めた雨が、暗くなってもざあざあと音を立てている。23時を過ぎてもまだ帰らない生徒2人を心配して、寮の中はいつもの同じ時間より賑やかだ。
残っている2人分の夕食が、キッチンで静かに彼らを待っている。帰ったらすぐに食べれるようにと、風呂は順番に入ったし、誰かが必ず様子を見ていた。
こういう時は、いつ命を落とすか分からない彼らの仕事を恨む。そして待っているだけの自分に腹が立つ。当たり前に過ごす毎日が、当たり前ではないのだと、実感してしまう。時折聞こえる玄関の物音が、雨粒なのか待人なのか分からなくなる程に、不安が心を占めていた。
だから、玄関から夜中とは思えないくらい元気に言い争う声が聞こえてきた時、冷え切った指先に血が巡って、耳鳴りが止んだ。気持ちより先に、身体中が安堵を表す。
バタバタと玄関に向かうと、頭からつま先まで、余すところなくずぶ濡れの2人が、軽口だか喧嘩だか分からない勢いで、戯れあっていた。
安堵から涙目になる顔を伏せる。震えた声の強がりが、口から溢れ出た。
「心配して損した!」
凪の言葉に、2人の言い争いも勢いを失う。伸ばされた恵のずぶ濡れの手が、凪の頭を撫でたから、袖から雫がぼたぼたと滴り落ちた。
「た…ただいま」
「ツナマヨ!」
戸惑いながらも慰めようとする恵を、棘はニンマリと見上げる。そして、恵の膝を後ろから引っ叩いてから、逃げるように廊下を走って行った。
膝から力が抜けた恵は、凪の頭に手を置いたまま、虚を衝かれて鎮まりかえる。小さな声で「先輩…!」と言って、水飛沫を上げながら走り出す恵の背中を、凪のため息が追いかけた。