第4章 包み込むような
包み込むような(狗巻棘)
崩れ落ちる霧を、抱き止めた。
膝を付いてしゃがみ込む彼女の下敷きになるように、棘は霧と地面の間に滑り込んで、受け止める。小さくなって暖を取ろうとする彼女と一緒に、棘も座り込む。
ガタガタと震える彼女は酷い顔色で、人はこんなにも冷たくなるのかと思う程に冷え切っていた。小さな声で「大丈夫」と繰り返す言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。誰がどう見ても、絶対に大丈夫じゃない。
焦点の合わない霧の瞳に、『やばい』と『まずい』の両輪が、棘の頭の中で全力疾走する。上着を脱いで彼女に被せ、風を防ぐように抱きしめた。まるで、雨の中に捨てられていた死にかけの子猫を暖めているようだ。
棘の胸を押して離れようとする霧を、腕と足の中に閉じ込める。
「おかか!」
押せば押すほど、離れないように力を入れる棘に観念したのか、彼女は棘の胸に身体を寄せた。苦しそうに浅い呼吸を繰り返す霧は、指先も頬も冷え切っていて、痛々しい。
こんな山の中に、棘はともかく、霧まで置き去りにする馬鹿教師については、帰ったら文句を言わなければならない。自分だけ用事があると言って現場を梯子していった。どうせなら霧だけでも高専に帰してくれればよかったのに。
「あったかい…」
棘の胸に擦り寄る霧に、心臓がぎゅっと痛くなる。寒さなんて忘れてしまう程の愛おしさで、思わず彼女の首筋に額を埋めた。
この体勢は、棘自身が、大丈夫じゃないかもしれない。
補助監督の迎えが来るまで小一時間の、棘の葛藤の始まりだった。