第1章 ひとひらの優しさ
ひとひらの優しさ(凪)
桜が咲き始める季節。
高専に来たのは冬だったから、季節が変わるのは初めてだった。この広大な敷地中の桜が満開になったら、さぞ美しいだろうと、まだ蕾の桜を見上げた。
雲ひとつない快晴。
その割に、酷く寒かった。数日前までの小春日和は遠のいて、昨日からまた寒さに震える、三寒四温だ。修理した呪具を抱える両手が震える。寒さに思わず吐いた息も、白い。
見上げた青空と桜の枝の間を、トラツグミの鳴き声が通って行った。鵺(ぬえ)だ。気づいた時には遅くて、「それ」と目が合ってしまう。瞬きする一瞬の間に、鵺は目の前に降り立っていた。
手を伸ばすと、見た目以上にゴワゴワとした羽毛が手のひらに当たる。嬉しそうに寄ってくる鵺に、撫でる手を止められない。これは召喚者に怒られるかもしれないと思っていると、案の定、桜並木の向こうから、黒い人影が走ってくる。鵺の召喚者、伏黒恵だ。
「お前…」
「ごめん、見つかった」
責められる前に取り敢えず謝ってみる。訓練中は避けるようにしていたが、修理を終えた呪具は、明るい間に片付けてしまいたかった。
寒さに震える凪を守るように、鵺は翼でその身体を覆う。すっぽりと羽毛に包まれて、温かい。寒空の下ガタガタと震え始めた肩を見て、恵は着ていた上着を、凪に被せた。変わりに腕の中から、直したての呪具を「借りてく」と持っていってしまう。
「夕飯まで、それ持っててくれ」
飛び立つ鵺と同時にそう言って、恵は来た方角と反対側に走り出した。鵺の風圧で飛びそうな上着を握りしめて耐えていると、桜並木の向こうから、先輩たちが恵を追う声が聞こえた。3人がかりとは、すごい訓練だ。
揃いも揃って薄着な面々に、思わず笑ってしまった。その賑やかさに、こちらまで元気になる。
来る時よりも少し身軽で、少し暖かくなった。きっと修理した呪具はまたすぐ壊れて帰ってきそうだけれど、温い上着のおかげで、それも、すぐ許してしまいそうだった。