第4章 包み込むような
包み込むような(凪)
「あの人、霧ちゃんにだけ優しい」
熱で意識朦朧とした霧を抱きかかえて帰ってきた棘の、ポカリを買ってくると飛び出して行った背中に、凪は囁いた。「そうだろうな」と言う恵の何気ない返事が不満で、凪は俯く。
薬は飲ませた。部屋を暖めて、氷枕を敷いて、毛布も出した。霧がいつ目を覚ましてもいいように、粥を炊いた。できることは全部したはずなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。
「霧ちゃん、取られちゃう」
不安。
心が折れている時は、何もかも上手くいかない。良くなれ、早く元気になれと、祈る思いを押しつぶすように、嫌なことばかり起こる。
「取るとか、取られるとかじゃねえだろ」
奥歯を噛んで耐えていたのに、視界がぼやけて、涙が溢れる。「だって」と言いかけた言葉の続きは、震える唇を噛み締めたせいで、声にならなかった。堰を切ったように、涙がボロボロと零れ落ちる。
泣いたってどうにもならない事くらい、分かっている。それでも、心が言う事を聞いてくれないから、涙を止める術がない。
凪の涙に視線を泳がせていた恵の、不器用な手が伸びてきて、頬をゴシゴシと拭う。何が起きたのか理解できずに、恵を見上げた時、額に何かがぶつかるように見えて、思わず目を瞑った。
思っていたような衝撃はいつまでたっても襲っては来なくて、背中に回された手の温かさで、抱きしめられていると気づく。鼻を掠める恵の香りに、息を呑んだ。
「お前には、俺がいるだろ」