第3章 伏黒Eats
伏黒Eats(狗巻棘)
「ありがとう」
そう言って恵に両手を伸ばす霧の声に、棘は思わず振り向いた。嬉しそうに頬を染めて笑う顔に、血の気が引く。あまりの可愛らしさと、その視線の先にいるのが自分ではないことへの嫉妬で、気持ちの矛先が大混乱している。
「甘い物ってどうしてこんなに美味しいんだろう」
「甘いから美味しいんだよ」
凪の声が聞こえた時に、やっと、止まっていた息を吐いた。握りしめていた拳を緩めて、開きっぱなしの扉から食堂に足を踏み入れる。
チョコレートソースがたくさん乗った凪のフラペチーノを見て、凪と霧はふたり、頭を寄せ合って笑いあっている。あらぬ方向に目を逸らそうとした恵と目が合ったから、棘は視線だけで、じっとりと八つ当たりをした。眉根を寄せて「俺は悪くない」と、顔面で抵抗する恵に、棘も歯を出して「い」の口で対抗する。
突然始まった「にらめっこ」から、やれやれと目を背けた凪は、パンケーキの話を始めた霧に、小耳に挟んだというカフェのホームページを見せていた。
「ここのブルーベリーのパンケーキがおいしいんだって」
「わぁ」と声を上げる霧の後ろから、棘も一緒になって、凪の画面を見つめる。次々と切り替わるキラキラのパンケーキの画像の下に表示されていた、店名は覚えた。棘が見ていることを確認してから、地図も住所もしっかりと表示させる凪の手腕は、褒めてやりたい。
「凪ちゃん見て、大変。アイスとマカロンが一緒に乗ってる…」
アイスとマカロン、覚えた。笑顔が見たい。たったそれだけで、何でもできそうな気がする。
見るからに甘そうな飲み物を手に持って、甘そうなパンケーキの話をする彼女を、一番近くで見ていたい。その時間が嫉妬でどす黒くなった心を癒してゆく。視界の端で、苦そうな顔をしている恵は、この際、不問に付してやろうと、棘は勝手に決めた。