第8章 Jeremiah29:11
潤と別れ、帰り道。
いつもならタクシーで帰る距離を、ゆっくりと歩いた。
智の身元がわかるかもしれないという浮足立つ気持ちと、過去という名の墓場を掘り返すような罪悪感。
ないまぜになって、家で待つ智の前でどういう顔をしていいかわからなかったから、ひたすら歩いて感情を鎮めようとした。
「ふぅ…」
夜になって気温が更に下がって、吐き出す息が白くなってきた。
からっ風がコートの裾を巻き上げていく。
「…さみぃ…」
本当に俺は、どうしようもない奴だ。
そっとしておけばいいのに。
最初に望んだように、智が治って元気になれば…
それだけでいいって思ってたのに。
「欲張りすぎだろ…」
見上げると、ビルの谷間から青白い夜空が見えた。
星なんか見えない。
見たこともない。
自分がどうしようもない奴になったのを自覚したのも、ちょうどこんな雪でも降りそうな冬の日だった。
小さい頃から、好きになるのは男だった。
俺にとってはそれが自然なことだった。
母親は多分わかっていて、俺にだけは厳しかった。
現在も、4歳下の妹と13歳年下の弟とは明らかに扱いが違う。
お陰でこれが…この性癖が、世間では認められないことだっていうのは、嫌というほど理解して育ったと思う。
表に出さないように。
悟られないように。
小さく密かに誤魔化しながら。
櫻井の家の長男として、品行方正に。
ただ人形のように生きていくしかなかった。
それが破綻してしまったのは、中学生になったときだった。
初めてスマホを持たせて貰った。
フィルタリングアプリのガードを掻い潜って、自分と同じ性癖を持つひとたちの世界を知った。
それまで抑え込んでいた欲望が一気に吹き出した。