第2章 Matthew 6:8
屋根のついてるボートの運転席には誰かの忘れ物か、くたびれたタオルが置いてあった。
急いでそれで頭を拭くと、手早く出航の準備を整えた。
その間も震えは収まらない。
目の前も霧が掛かっているようにぼんやりとしている。
預かっていたキーでエンジンを掛けた。
マリーナにモーター音が響き渡る。
廃工場の解体工事に合わせ、このマリーナは昨日から立ち入り禁止になってる。
なんでも観光のための再開発とやらをするとかで。
昭和の匂いのする建物は、全部消すそうだ。
くだらない。
だが、お陰で周囲には人が居ないはずだ。
船の運転は久しぶりだったから、操作はぎこちなくしかできなかった。
よたよたと運転して、なんとかマリーナを出た。
雨はどんどん酷くなる。
波も今日は高い。
冷たい海風が体に纏わりついて、体温を奪っていく。
「…さみぃ…」
マリーナの明かりが届かなくなってから、やっと運転席の手元明かりをつけた。
床に転がってる死体はもうピクリとも動かない。
こんな丸太みたいに転がってるが、上質のスーツを着ている。
どっかの偉いヤクザだったんだろう。
どこの誰とは聞いてはいないが、依頼者の口ぶりからすると幹部クラスではあるようだった。
「バカだな……」
みんな、大バカだ。
こんな金かけて、殺して…
一体、なんになるってんだ。
「バカばっかりだ」
俺も、大バカだ。
こんな寒くて、こんなに熱いのに。
コイツを捨てるまで陸に帰ることは許されない。