第2章 Matthew 6:8
「チッ…」
しょうがなく、脇腹に手を這わせるとぬるりとした感触。
血が、相当でている。
オッサンのくせに…
あんな小さなナイフで、どんだけ抉ってるんだよ。
これだから根性の入ったヤー公はめんどくせぇんだ。
革ジャケットを脱ぐと、着ていたネルシャツも脱いだ。
下に着ている白のTシャツには、べっとりと右脇腹に血が付いている。
ネルシャツを切り裂いて紐状に結んだ。
余り布を傷口に当てて、その紐で傷口を押さえて縛った。
こんな処置でも、しないよりはマシって程度の気休め。
油断して防刃チョッキを着てこなかった自分が悪い。
また革ジャケットを着ると、雨の降りしきる外に出た。
ここは、あるマリーナの近く。
潮の匂いが辺りには漂っている。
海面に当たる雨粒の音と、地面に当たる雨粒の音は違うんだな。
誰も教えてくれなかったし海辺で育ったこともないから、そんなことも知らなかった。
「……やっぱ今日、おかしい」
なんでこんなこと、考えてるんだ。
仕事の最中だぞ。
早く、帰ろう。
早く、どこかに。
血の足りない頭でぼんやりとそんなことを考えながら、リアカーを廃工場から引っ張り出した。
タイヤの連結部分がイカれてるらしくて、ギイギイと音がする。
不快な音に顔を顰めながら、雨の中進んだ。
マリーナに着くと、エージェントに頼んで予め用意して貰ってた小型のフィッシングボートにオッサンの死体を運び込み、リアカーは適当にバラして海に捨てた。
「くそ…さみいな…」
11月の雨に濡れて体が冷えている。
なのに腹は燃えるように熱い。
熱いのに、歯がガチガチと音を立てるほど体が震えてる。