第19章 Epistle to the Galatians6:5-7
「三宅先生、持ってきました」
「ああ、ありがと。あれ?翔の分のコーヒーは?」
「…忘れてました」
「はは…コーヒー、持ってきなよ」
井ノ原先生がちょっと疲れた顔で言う。
「あ、大丈夫です…俺」
そんな話を小声でしていたら、能村さんと瀬戸さんの話す声が聞こえてきた。
「入院してしまったら、頼れるところが…私にはないんです…ましてやサルコーマなんて…」
「前の旦那さんがだめなら、旦那さんのご親族には頼れないの?親御さんとか」
「だめなんです」
鼻を啜ると、少し顔を上げて瀬戸さんを見た。
「…女の子は、いらないって…」
「え?」
能村さんは持っていたコーヒーのカップに口をつけた。
少し飲むと、また鼻を啜って下を向いた。
「夫の親は、本当は男の子しかいらなかったんです…だから、女は二人もいらないって…下の娘を妊娠してる時、私を階段から…突き落としました」
思わず井ノ原先生と三宅先生とで顔を見合わせてしまった。
「私は看護師だし…夫は将来自分の親に介護が必要になった時便利だと思って私と結婚したみたいなんです。だから私がそんな目に遭っても、お前が男を産まないから悪いって…」
「能村さん…」
瀬戸さんは能村さんの目線に合わせるようにしゃがむと、カップを能村さんの手からそっと取ってテーブルに置いた。
「それに私、早くに両親を亡くしてるから、逃げられないだろうって……怪我が治ってからも殴られて…」
「…そんな…」
「命からがら逃げたんです…なにもかも全部捨てて…」
瀬戸さんはティッシュの箱を取ると、数枚取って能村さんの手に握らせた。
「だから……誰にも頼ることができないんです……」