第19章 Epistle to the Galatians6:5-7
「はい…でもまだ下の子は小学生なんです。私が入院したら…」
また涙が込み上げてきて声が途切れた。
研修医から専攻医になって、ここまで取り乱す患者さんをみたことがないわけじゃなかった。
でもそれはあくまで患者さんの話であって、ここに居る能村さんは4月からだけど一緒に働いている先輩であり同僚でもあって。
知っている人、なんだ。
俺は田舎の祖父母はまだ健在だし、身近な人が大怪我を負ったり、大病を患ったこともない。
だからこの状況をどうしていいのか、全くわからなかった。
ただ、呆然と見ているしかできなかった。
「まずは、検査しよ?能村さん」
「そうだよ。検査して状況を確かめよう。残念だけど君がサルコーマだって事実は逃げても変わらないんだ。前を見よう。能村さん」
井ノ原先生と、三宅先生が二人がかりで能村さんを説得してる。
整形外科のエース医師二人がかりの説得…
俺が思っている以上に、能村さんの状態はよくないってことなんだろう。
暫く沈黙が続いた。
能村さんの鼻を啜る音だけが聞こえている。
その音が少し小さくなった頃、三宅先生が立ち上がって優しく肩を叩いた。
「能村さん、ちょっとは落ち着いた?」
「……はい」
「じゃあ検査の話をしてもいいかな?」
能村さんは黙って頷いた。
三宅先生がノートパソコンを持ってきて、いろいろと能村さんに説明を始めた。
「翔、検査の同意書をプリントアウトしてるから取ってきてくれる?」
「はい!」
プリンターはスタッフルームにしかないから、一旦部屋を出なきゃいけない。
ドアから出ると、みんな一斉に自席から俺の顔を見た。
ちょっと面食らったが、黙って首を振ったら、みんな静かに業務に戻っていった。
そんな中、瀬戸さんだけが俺に近寄ってきた。