第3章 Mark 3:29
「…ありがと」
「え?」
「俺のために…ありがと…」
なんで、こんな
見ず知らずのヤツのために
おまえはここまでできるのか
なんで、こんな
人生でただの一瞬
通り過ぎていくだけであろうのヤツのために
「…だって、智にはなにか事情があるんだろ…?」
答えられないでいると、翔の手が俺の髪を撫でた。
「人にはそれぞれ…言えないことってあるよ…だから、無理やり聞こうとは思わないよ…」
その手は冷たく…でも、優しく。
「いいんだ。俺、後悔なんてしてないもん。俺のできる精一杯で智の命が救えて、嬉しいよ」
俺の命
俺なんかの命
「智…?」
「なんでもない」
そんなもの、どうだっていいんだ
だって俺は……
「ちょっと、泣いてるの~?」
「…うるせえ…」
顔を背けて、なんとか湧き上がってきた感情に耐えるしかなかった。
「……もお、しょうがないな。ごはん、どうすんの?」
誂うわけでもなく、優しい翔の声が降ってくる。
「…食べる、から…」
「うん」
ちょっと、待っててくれ
このままもうちょっと
翔の冷たい指先が、俺の頬を突いた。
「大丈夫。大丈夫だよ、智……」
「…ああ…」