第18章 Genesis1:1-5
車の後部座席に乗り込むと、すぐに和也も隣に乗り込んできた。
「ねえ、さっきの男なんなの?」
「…なんでもねえよ」
「でも智、なんか見たことないような顔してたよ」
「そうか…?」
顎を擦ったら、ジョリっと音がした。
今回の仕事先は外国でおまけに安宿だったから、たまに濁った水が出て来て、髭もうかうかと剃れず随分伸びてしまった。
「亡霊……」
「え?」
「さっきの男」
「待って。さっきの人、死んでるの?」
「さあな」
「ちょっと、智っ」
「おーい、車出すぞぉ」
松岡の爺さんが運転席に乗り込んで、間の抜けた声を出した。
「おー頼むわ、爺さん」
そう声を掛けると、握りこぶしを作ってみせた。
「任せとけ」
こういうとこは現役のときから変わっていない。
そのことがなぜか俺を酷く安心させた。
「ちょっと智、怖いこと言わないでよー!」
「何いってんだ?」
爺さんは楽しそうに会話に割り込んできた。
「さっき智が見てた男が、幽霊だっていうんだよ!?」
「あーなんだ、そんなもんが怖いのか?」
エンジンを掛けてそろりと車は発進した。
仕事は大胆なのに、その準備は綿密で慎重な松岡の爺さんらしい運転。
変わってない。
「そんなもんって」
「和也、俺ぁなあ…60年以上生きてきて、一番怖えのはよ」
「な、なによ…」
「生きてる人間だよ」
ニタリとこっちを見て笑った。
「…そんなこと、わかってるもん」
「はっはっは!わかってたか!偉いなあ和也」