第16章 Matthew10:34
家にある材料で、簡単ではあるけど智の手料理ができていく。
俺はただそれを呆然とソファから眺めていた。
もしかしたら、これは夢かもしれない。
目が覚めたらいつも通りで…
テレビのリモコンも元通りになってるかもしれない。
そう思いながら、智の少し長めになってしまった髪の後ろ頭を眺めていた。
「あ…」
今まで気づかなかったけど、猫背だ。
どうして気づかなかったんだろう。
「ふふ…」
夕食がテーブルに並んで、ダイニングのテーブルで向かいあって座ったら、思わず笑ってしまった。
「なんだよ?」
だって椅子に座っても猫背なんだもん。
本当にどうして今まで気づかなかったのかなあ。
「智、自分が猫背なの知ってた?」
「…知ってる…」
「知ってたの?」
「ああ…姉貴に散々言われたんだ」
「なんて?」
「ちびのくせに猫背なんておかしい。もっと身長が短く見えるから直せって…」
「ぶっ…」
「あ、笑ったな」
「ご…ごめ…身長が短くって…」
「姉貴は言葉で俺をいたぶる天才だった」
そう言って、懐かしいものを心底懐かしむ顔をした。
それは今まで見たこともない表情で。
今まで智がご家族のこと話す時は、どこか辛そうな。
暗い影を表情に落としていたのに。